マルハチ村松の歴史は、日本のだし文化の発展とともに
マルハチ村松は明治初年の創業以来、地元焼津のかつお節産業をリードするとともに、日本のだし文化を支え、その発展に尽くしてまいりました。その影には、歴代村松善八の開拓・革新の軌跡があります。マルハチ村松は、連綿と続くイノベーションの姿勢とともに、これからもダシが持つ可能性を探り、世界の食文化発展に貢献いたします。
初代 村松善八
- 日本ではじめて品質規格を統一した「焼津鰹節標準型」を完成
- 明治初年(1868年)地元焼津でかつお節製造業を創業した初代村松善八は、従来の焼津でのかつお節の製法に、当時の三大名品と称された土佐、薩摩、伊豆の産地の製造技術を取り入れ、独自の改良を加えました。味や香りの良さはもちろん、仕上がり姿も美しい「焼津鰹節標準型」を完成。この製法はかつお節に日本ではじめて品質規格の考え方をとりいれることになりました。
- 内国勧業博覧会で最高位の評価に輝く
- 明治28年(1895年)第四回内国勧業博覧会で、村松善八のかつお節は有効一等賞に輝きました。その後も焼津鰹節標準型は、数々の博覧会で高く評価され、地元水産加工業の発展に大きく貢献しました。
二代目 村松善八
- 天然調味料「かつおエキス」を開発
- 大正時代に事業を引き継いだ二代目は、かつお節製造時に出る煮汁を精製濃縮した天然調味料「かつおエキス」を開発。またこのかつおエキスを、砕いたかつお節にコーティングした調味料「鰹の素」を開発。かつお節の持つ美味しさを手軽に味わえる、かつてない画期的な製品として注目を集めました。これによりカツオ資源の有効活用を進めダシの可能性を広げました。
三代目 村松正之助
- フィリピン、ボルネオでかつお節生産
- 三代目は太平洋戦争の末期、国内のかつお節製造も危機的な状況に追い込まれた結果、フィリピン、ボルネオ(カリマンタン島)でのかつお節生産を試みました。
四代目 村松善八
- インスタント時代にマッチした風味調味料「パウミー」を発売
- 敗戦によりゼロからのスタートをすることになり、その事業を再興させたのが四代目村松善八です。歴代当主が築いてきた地元での信頼に支えられ、失われかけた技術を復活させ、確固とした信念と強力なリーダーシップによって社業を再興。昭和30年代から始まる高度成長期に伴うインスタント時代にマッチした風味調味料「パウミー」を発売。学校や病院などの集団給食の調理現場でお使いいただきました。また、かつおエキスをはじめとする天然調味料を加工食品メーカー様の原料としてお使いいただき、ダシの専門メーカーとして多くのお客様にご支持をいただけるようになりました。
五代目 村松善八
- 健康食品素材、医薬品向け素材の開拓
- 現在の社長である五代目は、先代が培った原料調達のノウハウや天然調味料の製造技術を、健康食品素材や医薬品向け素材の分野に広げています。ダシを中心とする多彩な味づくりへの挑戦を進めるとともに、カツオが持つさらなる可能性を探り続けています。